2005年01月14日

中越地震ボランティアに対する星野和久川口町長の発言について

まずは、この記事をお読み下さいませ。

1月5日 新潟日報朝刊より
「ボランティア 地域をほんろう  〜川口町長“異例の訓辞”〜」

 北魚川口町の星野和久町長は四日の訓示で、今も被災地で活動するボランティアに触れ「地域が振り回されてしまうのではと懸念している」などと、ボランティアの在り方に苦言を呈する発言を行った。ボランティア関係者は「非常に残念」と困惑している。
 訓示は職員を前に約四十分間にわたって行われた。星野町長は「会社を休んできてくれたボランティアもいた」としながら、「就職もしない、学校も行かない『ニート』と呼ばれる若者がずいぶん入ってきた。きわめて中途半端な群れ、集団」と振り返った。
 首都圏からのボランティアを取り上げ、「彼らは失敗したら帰れるがわれわれは生活がかかっている。地域に入ることで役場に意見を言い始める新しい現象が出てきており、注意しなくてはならない」と指摘。さらに「(彼らが)今まで自分の得たもので地域をリードすることは、地域の現実から乖離している」とも述べた。
 同町でボランティアをした県内の男性は「出ていけといわれたみたいで切ないし、つらい」と表情を曇らせた。
 発言について、星野町長は「悪意で言っているわけではなく、現状がボランティア本来の概念を超えてしまっているということ。復興は都会の感覚でなく住民自ら考えるものだ」と話している。



喧嘩を売られた当事者にとって、これについての見解をきれいにまとめろって方が無理でした。
ここ数日、まとめ方についていろいろ考えては見たんだけど。

Fuck 町長!

感情的にはこの一言に尽きますな。


さて、冷静に熱く。

別に礼を言われたくて川口に来たわけじゃないし。
何か絶大な特技があって絶対役に立てると思って川口に来たわけでもないし。
自分の生き方になにか自信を持てずに過ごしてた我が身であっても、何か役に立てないだろうか?
そう思って体ひとつでやって来たわけですよ。
人のために、と思う反面、自分のために、と川口に乗り込んだことも事実です。何か自分にとって自信になれることが欲しかったということ。

町長が言うところの「中途半端な群れ」、いっぱいいましたよ〜蠅がたかりたくなるくらい。ていうか、オレもなんですけど。
そういう人間達がこのボラセンで中核を担って活躍していたのもまた事実。
自分もプーの立場なんでこういう風に言うのはあれなんですが、こんなに有能なのになんでこの人達職ないんだ?って思うくらいの人、たくさんいた。

「彼らは失敗したら帰れるが」と仰いますが、我々は給与を得られない分、お金で図れないだけの責任感を持って仕事をしていたと思いますよ。
20万円の月給を貰っていれば、その分程度しか仕事をしないでしょう。逆に言えば、あなたの仕事の価値は「20万円」です、と値札が付けられているわけで。
でも、ボランティアはそんな値札がない。敢えて額を決めるのなら、その基準は責任感であったり自分に内在する良心であったり。
失敗して投げて帰ることも出来るけど、そういう無責任なことで自分の仕事の価値を自分で押し下げるようなことは、自分のプライドが許さないんです。

ボランティアだからとおごるわけではないんだけど、町民人口5000人の町にのべ20000人以上のボラがこの町に入りました。
事実として、あくまでも事実として、この20000人のパワーがなければ、雪の降る前に一通りの後片づけが済まなかったことは動かし難い事実です。
それは川口に限らず、小千谷や長岡にしてもそうだし、夏に水害にあった三条や中之島にしてもそうだし、阪神もそう、今後訪れるだろう関東や東海もそうでしょう。
異常事態なんだから、人海戦術は、おごるおごらないの前に、事実として効果があるわけです。
町の人達だけで出来たとは到底思えない。

ただ、町長の見解に賛同できる点もあげておきましょう。
我々ボランティアは体力は提供すれども、頭脳力、特に復興の青写真を自身が主体となって描くところまで踏み込んではいけないと思う。
我々は春にひととおりの作業が終わればこの町を去るでしょう。その後、町をどう復興させていくかはこの町に住み、生きていく人達が考えること。あくまでも、復興の主役は町民であること。(そういう点で、ボランティアの引き時というのも問われてくるだろう)
従って、現在川口の、また中越のいくつかの地域にそういう動きがあることに対しては、「ボランティア本来の概念を超えている」という町長の指摘は間違っていないと思います。
町長が復興に向けてのリーダーシップを発揮できるかどうかは別として、「復興は都会の感覚でなく住民自ら考えるもの」という意識を持っていることは心強いことです。
まあ、実行できなければそれこそ、画に描いた餅、なんですがね。
言うことは言ってくれたんだから、町長の腕並拝見といきますか。


しかしねえ。
町長がどう思ってようとそれは勝手ですけど、新聞記事を通してじゃなきゃ言えないってのはどういうことかね?
ある筋の情報によれば、日報の記者さんが脚色したわけでもなく、記事のまんまのことを言ってたそうで。
役場職員の中には、「おいおい、ここでそんなこと言うか〜!?」と内心思いながら聞いてた人もいたんだとか。

この町にしては前代未聞の大災害の中、得体の知れない連中が人口の5倍以上も押し寄せてくれば、それが全て善意に満ちあふれた人間とは限らないことはこれまた事実です。
だから、遭遇したことのない様々な問題が生じてくるのはある意味当然でしょう。

ならば、この町を預かるリーダーとして、町長が自ら何らかのコミュニケーションをとろうという考えはなかったんだろうか?
自分もずっとボラセンにいたわけじゃないからはっきりは分からないけど、町長が直にボラセンを訪ねたって話は聞いたことがないし。
自分の感覚としては、どっちかといえば、行政はボラセンと連携していこうというよりは、ボラセンにいろんなことを投げてしまっててあんまり連携取れてないなあというイメージがある。(この辺は、中央にいたわけじゃないから間違ってるかもしれません。あくまでも下っ端ボラの印象として)

何か問題が起きたときには、町長がリーダーシップをとってその解決に乗り出そうとしていれば、こんな発言には至らなかったんじゃないですか?

ボランティアは県外の者が多くて、その辺の感覚がこの町の感覚とずれているってことは往々にしてあったこと。
ならば、行政もうまくボラを使いながら、自分の町に合うように使っていけばいいものを。
ボラは町を支配しようとして来てるわけではなく、何か役に立てればいいなと思って来ているんだから、敵ではないんですよ。

コミュニケーションを双方がしっかり取れていれば、こんな腐った発言など聞かずに済んだものを。


幸い、この発言の後も、活動のため町に出るボランティア達には、町民より慰めや励ましの言葉がかけられているようです。
町長の気持ちが町民の総意とは思いたくないし、そうではないと信じている。
どれくらいの町民がボランティアを好意的に受け止めてくれているかは分かりませんが、少なくともこうやって声をかけてくれている方々がいるってことは、我々の救いとなるのです。
posted by けい@かながわ2信 at 14:19| ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | 中越地震川口町ボランティア日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今年の年明けに落語を聞きにいったんですけどね。
その時、噺の枕にこんなのがあったんですよ。

災害の現場でがんばっているボランティアの報道を見聞きすると、偉いなあ、と思う反面、自分も何かしなきゃいけないんじゃないかと思いつつ何もできない自分に妙な罪悪感を覚えたりする。
その道の有名な人に、そんな話をこぼしたことがあった。
すると、その人曰く「ボランティアをやる人というのは、そういう性質の人がちゃんといるんです。誰かが何かをしたいと思って『よし、明日から手助けに行こう!』と一念発起するようなものじゃありません。ボランティアに参加している人達というのは、朝起きて気が付いた時にはもうバケツを運んでるような人なんですよ。だから気に病む必要はありません。」

ベルマーレで言えば、大神が冠水したという話を聞いた自分が次に気が付いたときには泥水を掬っているようなもんですかね〜。
湘南にもボランティアさんは沢山いますけど、この話、なんとなくわかるような気がします。
その感覚に馴染んでいない人達との間に溝ができるのは当然の話で、それは努力しないと埋まらないものだと思います。
後は、ボランティア活動自体の是非というより、(言い方はあまりよろしくないですが)使う側の慣れや経験の問題じゃないかと。

ボランティアをする側としたら、お礼を言われるのは確かに嬉しいですけど、それよりも、自分を最大限に有効活用してもらうのが、一番嬉しいんじゃないかと思います。
Posted by りび at 2005年01月14日 17:45
コメント、ありがとうございます。
最初に誰から反応が返ってくるかが楽しみだったんですが、りびさんからというのは予想外でした(りびさん、失礼!)

冗談はさておき。
その噺家さんの仰ることは、なかなか言い得て妙だな、と感じました。
なんて言うんだろなあ。
自分の場合で言えば、初めて現地に入る前日などは緊張して眠れなかったり、現地に行ってもおどおどしてたりと、とても朝起きたらバケツを運んでいる状態ではなかったんですけどね(苦笑)
でも、罪悪感とかそういうのを感じる前に、表現が違うかもしれないけど、自分の中でもううずうずしちゃっていて、とりあえず行こう!って感じでしたね。
2回目以降はなんかそこにいるのが当たり前みたいな顔して活動してたような。
ボラセンもだいぶ日が経つと、気負った風な感じ、構えた風な感じなのはいなかったような。
ただ、こういう活動が初めてで不安げな表情をしてた人はたくさんいました。

そういう自分も、使う側に回ったのは初めてですし、第一、震災ボラの経験だって初めてですわ。
そういう人は大勢居たはず。
なにせ、震災ボラ元年ともいうべき災害はあの阪神大震災のはずですから。
それからわずか10年。そこまで毎年のように大災害が連発してたわけではないから、日本の震災ボラ全体としての経験値はまだまだ低いはずです。

現地での活動を通して、ああすればよかったと思うことは数知れず(過去記事にいくつか書いたかも)。そういう思いや悔いなどを、なんとか次の機会に活かせないものかと思ってます。
そういうのは多分自分だけに限らないでしょう。中越で、或いは福井や三条、北近畿の水害などで様々な活動をし、経験値を積んだ人達が、今後の災害ボラ活動で先頭に立つはずですから、活動はまだまだ進化する、はずです。
(もっとも、災害が起きないことが一番幸せなんですけどね)

最後の2行、まさにその通りです。
お礼を言われることは本当に嬉しいですよ。よそ者の自分を受け入れてくれた証ですから。
でもそれ以上に、お礼を言われるだけの仕事をさせてもらえたなら、尚のこと嬉しいです。
たとえそういう言葉を頂かなくても、何らかの形で役に立てたことが分かればいいな(1年後町を訪れたら自分が手伝った店がきれいに再開してたりとか)。
それを確認できたとき、きっと自分がそこに存在してて良かったと思い、自分は喜びに浸っていることでしょうね。

今年、三条や川口を訪れてみたいと思ってるんですけど、そういうのを確かめたいというのもあります。
Posted by けい at 2005年01月15日 01:26
おばんです。トラバ貼ってあったのでお邪魔します。

今、田麦山に来てます。
雪が2m近くつもっていたりしますが。
今日は仮設住宅の雪下ろしを住民の方と一緒にしたり
してきました。

今でも、こういう形で地元の方達に求められていると
いう現状をふまえて考えても、町長の発言はマジ?と
思わざるを得なかったりします。

礼なんか言われなくたっていい。
だけど、後ろから切りつけるような行為は許せない。
けいさんのおっしゃるように、ボランティアの力が
川口町にどれほど役に立ったのかっていうことをふ
まえて、町長がどう思っているのか聞いてみたいです。

…本部の広報に毎週末通ってましたが、中に居た人間
としては、行政から放置プレイくらってる?と思う
ような気になったりすることが良くありましたよ。

…なんかまとまらないコメントで申し訳ないッス。
Posted by EF634 at 2005年01月16日 00:05
 なんか町内の人に聞くと、年頭訓示の一部だけ取り出して一読した印象が全体を読んだときと違うんだそうだよ。どこかから全文出ないかなぁ。

>EF634(なんというHN・笑 挨拶メール届きました?)
 「行政」って言う町内組織と連携取れてなかったかというとまったくそうでもないわけで。町職員のM氏なんかまるっきりVC付けで超人的な働きだったし、物資なんか時期的には町に届いた物資を担当する部署とタッグ組んで動いてたりしたしさ。
−−−ここまで>EF634−−−

僕ら被災地外から来たもの集団としては、
   行政だろうが
   個人被災者だろうが
  大変なら役に立ちたいと思うだけ
で、
   感謝の言葉がかからないこともあれば
   表向きお礼を述べられても内心迷惑に思われていることも
あたりまえにあるわけで。

感情的なところに響くものではまったくないかな。たまたま言葉の出たところが町行政の(中にいろいろあって災害後で混乱が残っている中の)町長って言う一部署だっただけだし。
町行政がしっかりしているべきかどうか、なんてところも、町民でない僕らが口を出せるものじゃないしさ、ましてやこの災難を乗り越えようとしている今この状況ではさ。

ボラに来た自分が実際役に立っているかどうかは
   自分でjudgeする  か
   自己判断に自信がなければ仲間や、参加していないけど過去の経験者とか客観的判断を頼るもの
だしね。

いつもどおり長くて分かりにくい文書で申し訳ない。
Posted by お at 2005年01月18日 22:32
 そうそう、町長に見えた「ボラ」ってのは、ボラセン通さないボラがボラセン通したボラの数倍いるよ。
 某チーム(非ボラセン)なんかしばらく活動してそれなりに町の人の信頼受けてたけど、あるとき某連絡長さんと一緒に役場に行ったついでに「町行政っていったいどうなっているの」なんてこと言ったとたんその連絡長さんから疑いの目で見られるようになって信頼失ってた。

 ボラセンのボラは節度あったよね。ってそうじゃなかったのもいたのかな。中にはいたかもしれないのかな。
Posted by お at 2005年01月18日 22:48
おさん>
どもです。
メール…ですか?
来てないかもしれません。
差し支えなかったらもう一度送信して頂けないでしょうか?

おっしゃるようにそう言う方々の働きもあったわけですが、でも時々そう言うこともあったわけで。

頑張ってくれていた人がいたからこそ、よけいにこの町長発言がちょっと腹立たしいんですよね。
何様やねんと(笑
Posted by EF634 at 2005年01月20日 18:08
>EF634さん
コメント、ありがとうございます。
川口に来たボラは、うちらのボラセン以外もいろいろな団体が来てたわけで、うちらも含めてボラ全体として川口にどういう影響を与えていたのかは正直よく分からないんです。
ただ、自分のところを擁護するわけじゃないけど、自分達の仲間の成果を知るにつれ、ボラ斬り!ってな活動はしてない、とは思うし仲間を信じたいのですわ。みんながんばってたし。
そう思うと、何もそんなことを言わなくても・・って思うんですよね。
でも、ボラ全体としてみた場合、当然悪影響を及ぼした点もあったはずで、それが町にとって致命的なマイナスを与えてたとするなら、町長の言うことも分かります。
ただ、そういうのって、いきなりドバッと噴出するのではなく、じわりじわりと問題が生じてくるはずだから、常に互いにコミュニケートしてればもっといい形になれたはずだと思うんですね。
文句を言う前にやれることはなかったのかな、と感じました。


>おさん
感謝の言葉ってのはあんまり重要じゃなくて、やっぱり感謝されても結果に結びつかなきゃあんまり意味ないと思うし、逆に復興に向けて何か成果があれば、言葉なんかかけられなくてもいいんですよね。
そういう意味じゃ、感謝の言葉が本当にかけられるとするなら、そのタイミングはこの町がちゃんと復興し終えた時じゃないかなと思います。
そこまでは半信半疑なのかもしれないのかなぁ・・・

うちらのボラは少なくともそれなりの節度はあったと思うんだけど、受ける側からすればどう映ってるんだろう?







Posted by けい at 2005年01月25日 02:11
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