2005年02月20日

中越地震ボラ日記・58日目

中越センターかわらばん編集チームが主催した「かわらばん」100号発刊記念のミニパーティーに参加させてもらったところ、会場に泊まりOKということでお約束通り酒飲んで寝てしまいまして。
それで杉様2日目のアップをしませんでした。
で、今日はもう既に帰ってたりする。

まず杉様2日目から。

この日のご一行は、全部で3カ所(うち1カ所は雪掘りも)回る予定で、朝8時半にボラセンに来るということで、いつもより1時間早起きして朝っぱらから掃除と飲み物の用意。

そして予定より少し遅れて、杉様夏子様キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!
杉様、夏子様、ご到着〜

時間がないようで、残念ながら魂込めて(?)掃除した応接室は利用せず、そのまま受付へ。
伍代さんも受付で手続き

しかし、転んでもただでは起きず。
どさくさに紛れて、3ショットさせてもらいました・・・ハハ。

そういえば、ボランティア登録の帳簿を見たら、お二人とも芸名で記載されてた。
しかし、ボランティア保険加入のベースにもなるデータだけに、芸名でOKなんだろうか??

ところで、杉さん、昨日はしてなかったマスクをしている。
おや?と思って、伍代さんの受け付け手続きを待っていた杉さんに話しかけてみる。
あの渋い声で、「ホテルの暖房で、喉がやられてしまってね」と話されてました。
風邪ではないようだけど、うーん、喉も重要な商売道具だしねえ、よくないですな。

手続きの後、ご一行は地区回りを開始。
雪掘りの現場で準備している先遣隊と、スコップやスノーダンプの使用などをサポートするスタッフが現地へ送られる。
また、各集会所訪問に備えて、それぞれでスタッフが応対のため待機。
手続き上は一般ボラと同じですが、やはりその対応は特別でした。
杉様夏子様雪掘り中

ボラセン自体には、この後14時頃までは帰ってこないということで、オイラはまた書類の整理を再開。
この日出てきた書類は、ボラセン開設直後からの避難所リスト。
閉鎖してたり新たに見つかったりと、一日一日避難所の状況が変わっていた11月を思い出しました。
そうそう、あの時はまだ仮設なんてなくて避難所だらけだったんだよな。
自衛隊提供のテントなんかも町中にあちこちに立っていて。
日ごとに並べ直すと、その辺の変遷が文字になって現れるから面白い。
また、本部から配られた避難所リストに「すでに閉鎖の様子」「おむつが足りない」などと各班が現地で集めてきた情報が書き込まれていたのが生々しい。

全てに関わっているわけではないけど、11月の上旬からこの2月までそれなりに川口にいて、どんなことが起きていたのかという感覚はあるつもりだから、こういう避難所リストとか、活動指示書とかを整理していくと、いろいろなことが思い出されてしまいますね。

さて、午後になり一旦ボラセンに一行が戻るというので、この2日間で4度目の応接準備。
しかし、これまでの3回(1日目昼、夕、2日目朝)のうち2回はスカでした。
この4回目は30〜60分くらい休まれるだろうということで、どうも時間が長いようなんで、今度はこれまでの被災地やボラセンの生の様子をすぐ見せられるよう、PCのデータや本などを用意しておいたのさ。
そしたら・・

車の中で休むんだってさ・・・orz
午前中の雪掘りで頑張りすぎたかお二人、かなりグッタリモードだったらしい。

チクショー、スキを狙ってサインしてもらおうと部屋の中にTシャツとマジックを棚に潜ませておいたのに!<オイ

まあ、そういうわけで4回中3回がスカでした。
昨日のコーヒーの濃さに、杉様気を悪くしたのだろうか・・

しかし、夕方最後の訪問に出る前にボラセンに戻ってきた一般ボラも集めて、みんなで記念撮影。
文字通り記念撮影でした

この後、最後の集会所を訪れた後、直接帰られるということで、ボラセンではとりあえずお別れ。
笑顔で手を振る夏子さん
伍代さん、最後まで笑顔で手を振ってくれてた。いい人だ〜!

こうして、激動の(?)二日間はおしまい。
ビックスターの案内ということで相当気疲れしたスタッフもいたようだけど、オイラは滅多に出来ない体験をさせてもらったんで楽しかったな。
やっぱ、オーラというか貫禄というか、そういうものがあるわ、近くに行くと。
もちろん、話とかはそれ自体は同じ人間だけど、空気が何か違う。
後、自分が意外にミーハーだってことが新発見でした(w

で、今日お昼を出すことになった地区の話だけど、おにぎり程度で・・という話でしたが、やはり赤飯に郷土料理にとフルコース状態だったらしい。
まあ、そりゃそうだよね。タダでさえもてなしが熱い地域らしいのに、一生に一度来るかどうかのお客様だもの。
でも、たとえ1食であってもそういうふうに迎えたいって気持ちを込めて住民がごちそうを作ってくれるのはいいことなんじゃないかな、って思う。
確かに、二人ともボランティアとしてきてるわけだから、道理としてはおかしい話だけど、そこは自分たちの米や野菜、料理を食べてもらって、それが復興への何らかの心の支えになれればいいと思う。

結局Tシャツはどこでサインをゲットしたか。
応接室に来てくれなかったんだけど、マネージャーを捕まえてお願いしちゃいました・・アハハ。
夕方受け取ったときは、年甲斐もなくハイテンションに・・・

夜は、お隣・小千谷市にて中越センター主催のミニパーティーへ。
久々野菜や料理と言える料理を食って、酒飲んで、中越Cの人や地元の青年といろいろ話が出来て楽しかった。
なんでも、このパーティーのために地元の方が食材を出してくれたり、料理を作ってくれたりと、非常に嬉しいことです。
普通に栄養が偏っていたはずなんで、この料理は嬉しかったなぁ。
(これに参加したうちのスタッフの中には、口に合わなかったのかあまりいい顔をしなかったのもいたようだが・・・なんか長くここにいると、設備や物資が充実してきた分、贅沢になるもんかなぁと違和感を感じたわ)

で、結局寝てしまうわけです...zzzZZZ
posted by けい@かながわ2信 at 03:07| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 中越地震川口町ボランティア日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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